Vol.9「厚木ふたり」

まただ。
また、上履きがない。
今月、もう3度目。

 職員室のところまで行って、来客用のスリッパを借りようかとも
考えたけど、そこまで行くのすらめんどくさい。
というか、情けない。
せめて雨の日はやめてくれないかな。靴下が水気をたっぷり吸いこんで、
廊下の冷たさに加えて
足元がぐしょぐしょになってしまって、気持ち悪いこと、このうえないのだ。

「上履きが勝手に歩いていくわけないしなぁ………」

と冗談を言っても、周りには笑い飛ばしてくれる友だちもいない。

…どうして、こうなっちゃったんだろう。
そもそもこれが「いじめ」なのか。それすらも、わからない。

――教室に入っていくと、唯一すこしだけ話すことのできる、
みよちゃんと目が合った。
そして、「また?」という顔をした。

「おはよう」と、声をかけると、
「…また上履きなし?」と予想していた言葉をかけられた。
「……うん。なかった。」とできるだけ普通に答えると、私の目の前から一瞬消えて、
「はい」と履いていた上履きの片方を手渡してくれた。
「半分、貸してあげる」とぶっきらぼうに言うと、みよちゃんは
自分の席へと戻っていってしまった。

あーあ。もう。なんだか消えちゃいたい。

小学校から持ち上がりで市内の中学校に進学した私。
ごくごく普通の13歳だ。
春、新学期。女子グループにうまく溶け込めなくて
学校を休みがちになってしまったのが、はじまり。
それでもなんとか、乗り切ってきたのに。
グループ学習とか。体育の班分けとか。
なのに、夏休みが終わってからの新学期で、このありさまだ。
いったい私、なんかしちゃったんだろうか?

結局、体調がすぐれないという理由で、今日は学校を早退してきてしまった。
担任の先生にそれっぽく言うのだけは得意だ。
具合なんか、別にどこも悪くないのに。

その日の夜。

「あのーお母さん」
「んーどうしたの?」
「…なんかねぇ」
「うん?」
「…今日も、上履きがありませんでした」
「…あら」
お母さんが読んでいた新聞から目を上げる。

そしてなんてことなさそうに、
「最近、よくなくなるねぇ~」
とだけ言うと、また新聞に目を落とした。

翌日、本当は学校だった。
が、ぐずぐずと家を出ない私に、
「今日は学校休んでもいいよ」とお母さんが声をかけてくれて、
少しほっとした。

しょんぼりしている私を見かねたのか、
駅の方まで歩いて、本屋さんにでも行ってみようよ、と言うお母さんに
ついていくことにした。

普段、働きに出ているお母さんは「学校より大切なことがある」
と小さいころから繰り返し私に聞かせてくれた。
だからかな。こうやって、授業がある日に外に出ても、
あまり罪悪感を感じずにいられる。

行きつけのレストランですこし遅いお昼を食べた頃、
本屋さんに寄ったついでに見かけた、雑貨屋さんに入ったときだ。
すこし大きめのぬいぐるみのクマが目に入った。

抱き上げると、やさしいさわり心地に、ほのかな重みがあった。

「…お母さん」
「んー?」
「このクマ、買ってもいい?」
「大きいね。すこし笑」
「うん」

まーだ、そういうところが子どもだもんな~とお母さんは笑いながらも、
そのクマと一緒に帰ることを許してくれた。

翌日。

私の学校用リュックには、昨日のクマが入っている。
昨日、ふっと。この子となら、一緒に登校できるかもと思ったのだ。
もちろん、新しい上履きも一緒だ。

みよちゃんに「おはよう」と声をかけて、席につく。
そっとリュックをのぞくと、白い、やさしい身体が目に入った。
クマさんの頭をそっと撫でて、かばんを閉める。

大丈夫。
わたしはまだ、学校に行ける。

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