Vol.8「厚木ふたり」

「…かあさん。お母さんってば」
「…あ、あぁ。…なあに?」
「…なにじゃないよ、お坊さんがお母さんのこと呼んでるよ。むこう」
「…そう。でもお母さんはいいわ、適当になにか言っておいてよ」
「え、でも…」
「ここにおばあちゃんひとりじゃ、さみしいでしょう」
花に囲まれ、横たわっている母の棺のそばで私がそう言うと、
また娘が泣くのが見えた。

そうやって、素直に泣ける娘がちょっとうらやましい。でも、娘を
そんな天真爛漫に、感情豊かに育ててくれたのは
今は亡き―おばあちゃん―あと数時間で空に還っていってしまう、
私の、母なのだ。

大正生まれの母は、学校も満足に通えず、とにかく貧しい暮らしだったと聞いている。
日本全体が今のように豊かではなかったせいも大きいが、九州の田舎暮らし、
ましてや兄弟が多かったあの時代。
その日を生きるのに精いっぱいだったのかもしれない。
戦後は食べるものがなくて、さつまいもの『茎』まで食べたんだと、
よく私に話してくれたっけ。

「あんたは料理ひとつ手伝おうとしないんだから」
とよく小さいころから小言を母には言われたものだが、自分で稼いで
早く自立がしたかった。
何より、母親の生活を少しでも楽にしてあげたかったのだ。

「そうやって、私が生まれたとき、一番に喜んでくれたのはばーばだったんでしょ?」
気付くと手向けの花束を手にした娘がそばに来ていた。秋色のコスモス。
この子もまた、私の母に育てられたもう一人の娘、のようなものなのかもしれない。

「…うん、そう。
自分の子どもにできなかったことを孫にしてやるんだって私に言ってたくらいだもの」
「私、ばーばと過ごす時間の方が長かったしね。塾の送り迎えから…、
休みの日のお出かけから…」
「学校ズル休みしても、おばあちゃん、何も言わなかったもんね」
「あれ?お母さんにもやっぱバレてたの?」
「バレてないと思ってたの?だいたいあなた、大学だって留年してギリギリで卒業
したんじゃないの」
「ひえ」

晩年、すっかり足腰が立たなくなった母に追い打ちをかけるように、
私の弟、つまり息子を先に亡くしてからは、
さらに身も心も小さくなってしまったように見えた。

「あの子が何をしたっていうのか。罰が当たったのか」と問う母に、
「そんなこと言ったらみんな罰が当たらなくちゃおかしいよ」と何度応えただろう。
何度なだめただろう。

たぶん、母も気持ちの整理がつかなかったのだ。それを見ているのが
死ぬことよりも、つらかった。

「…ねぇ、最後に写真撮ろうよ」
「写真?ここで?」
「いーじゃん。べつに。もう、この世で3人で写ることできないんだよ?」

はい、じゃあいくよーばーば、わらってるー?

そう無邪気にシャッターを切る娘。

お母さん、おかあさん。
本当はまだもう少しこの世にいてほしかったのに。
口角をすこしでも上げようとした、その時。
はじめて涙が流れた。

そして胸のうちでつぶやいた。
「私と、娘を育ててくれて本当にありがとう」

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