「厚木ふたり」Vol.7

気が付くと、雨が降っていた。
――ずいぶん作業に集中していたらしい。屋根をたたく雨音にまったく気が付かなかった。

ふと携帯の画面を見やると、彼女からメールが入っていた。
「雨、ふってきたね。まだ、仕事ちゅう?」

そうだ。
前も、こんな風なやりとりをしていたっけ…。

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前の彼女と別れたのは3年前。
とにかく、めちゃくちゃ好きだった。
フリーランスで仕事を始めてから、地元でのつながりも必要かと思って
顔を出した飲み会に、彼女は、いた。そして、恋に落ちた。

「かわいい子だな」仲良くなりたい。
そう思ってから、約1年。アタックしつづけた。
今思えば周りからは、やや滑稽に見えていたのかもしれない。
それほど、彼女が好きだったし、彼女がすべてだったのだ。

オレのアプローチに根負け?したのか、彼女もすこしはオレのことを
好きになってくれたのか、それはわからない。
寒い、冬のある日に、オレ達はつきあい始めた。

お互い気ままなひとりモノだったからか、
それから、どちらかの家に転がり込むのも時間の問題だった。

夕飯を一緒に食べた後、部屋に行ってはそのまま朝まで過ごす…
そんなことがいつからか習慣化され、いつしか共に暮らすようになったのだ。

思い返せば、あの頃がいちばん、楽しくてしあわせな時間だった。

朝、顔を合わせ、昼間は別々の仕事をするときもあれば、
一緒に仕事をすることもあった。彼女もまた、フリーランスだったからだ。
夜、帰ればまた彼女がいて、一緒に飯を食う。

 そんな生活が半年ほど続いた頃だろうか。
いきなりオレ達はうまくいかなくなった。

顔を合わせばケンカをする。
メールを送れば、返事がテキトーになる。

いったいなぜなんだ?

当時はわからなかったことだが、
当時、彼女にはべつの好きな人ができていたのだ。
オレだけが、彼女のさびしさや、悩みや、心細さをわかってあげたかった。
もっと、やさしくしてあげたかった。
それなのに、彼女は別のひとを選んだ。ただ、それだけのことだ。

==

「仕事してたよ。そっちは?」
「ごろごろしてた」
「笑」
「おふろ入るのめんどくさいー」
「そういって昨日もはいらなかっただろ」
「汗はいったもーん。…じゃあ、またあしたね?」

うんーとメールを打ち返したもの…
そんなうつうつとした気持ちを抱えたまま
メールを終わらせたからか、翌日のデートもなんだか気が乗らなかった。
ことを今の彼女に指摘されてしまった。
まあ、図星なのだから、仕方がない。

「……ねぇ、定期的にめぐってくるこの気分の落ち込み。
また前の彼女のこと考えてるでしょ」
「…」
「…わたし、前のことなんてあんまり聞きたくないんだけど」
彼女がふーっとため息をつく。
「そっちから聞いてきたんだろ。オレのせいにするなよ」
と、強い口調で言い返したら、
彼女は黙ってしまった。

ベンチに一緒に腰をかけて、目の前の通行人が去ったあと。
「…本当に、好きだったのね」と、ひとりごとみたいに彼女がつぶやく。
その声がなんだかとっても小さい。
「…重たいと思われるかもしれないけどさ。
オレにとっては、大切なひとだったんだよ」
言ってから、気づいた。

そうか、もうオレの中では「大切だったひと」に置き換わっているのか。。

 なおもなにか言いかける彼女をさえぎって、
ふいに抱き寄せると、彼女はいやがらず、身をまかせてくれた。
そんなちょっとしたことに、なんだか胸がいっぱいになってしまう。

「…でもさ、あなた、絶対呼び間違えないよね。わたしと、前の彼女の、なまえ」
と、オレのおっぱいのあたりでなんだかごにょごにょ言っている。

「……。だって、気を付けてるもん。呼び間違えないように。すっげー」
「…」

オレを見上げてきてフグのようにふくれた彼女がとてもかわいくて。
なんだか愛おしくて。

もう一度、抱き寄せた腕に力を込めた。
もう二度と、オレから誰も離れていかないように。

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