「厚木ふたり」Vol.6

 『OPEN』の看板が下げられているのを確認して「こんばんは」とドアを開けて入っていくと、「あーいらっしゃい」とマスターとバーテンダーのふたりが、声をそろえて出迎えてくれた。それだけで、なんだか泣きそうになる。
 仕事の後、今日はまっすぐ家に帰りたくなくてつい、早い時間だったのだけれどここのバーに寄ったのだ。いつもの定位置に座り、ふと、携帯画面を見つめメールが来ていないかをチェックする。
 「…やっぱり、来てないか」
 わかってたはずなのに。「返信はいつでもいいよ」って書いたのは、わたしの方なのに。メールが返って来ないことが、たまらなく、さびしい。

 あの人と出会ったのは、友だちが開いてくれた合コンの席でのこと。ひとめ惚れ、と言ってもいいかもしれない。とにかく、近くにいて、声をききたかった。
 初めて会話らしい会話になったのは、会って3回目のこと。仕事は営業関係だってこと。兄弟は3人兄弟の一番うえで、兄貴肌のところがあるところ。スキーと、それから料理が好きで、休日は良く手料理をつくっていること…。知れば知るほど、どんどん好きになっていった。

 「——お待たせしました」
 と言って、目の前に置かれたのはあったかい、カプチーノ。お酒があまり、得意でないことをマスターも、そしてバーテンダーのお姉ちゃんも知ってくれている。
 「…おいしい」
 そうつぶやくと、メガネの奥でマスターの目がにこっと笑うのが見えた。BGMがおさえめにかけられた店内。ほの暗い、照明。いつ来ても、穏やかに出迎えてくれる、ふたり。私も、あの人とそんな風
な穏やかな関係が築きたかった。

 「…彼女がいるんだ」
 と彼に告げられたのは、二人で会うようになって、5回目だったか、6回目だったか。聞けば、長くつきあっている彼女がいて、その彼女が最近、二人で会うことをすごく気にしているのだそう。
 「…いや、でも彼女にはただの友だちだって言ってあるんだ。けれど、やっぱり女のコと2人で会うのはやめてほしいって言ってきて…」
 それで、二人で会うのはもう終わりにしたい。そんなような内容だった。気がする。

 いっつも、こうなのだ。私から好きになった人とは結ばれない。わたしを選んでくれる人なんて、いるのかな。もう、この先ひとりぼっちなのかな…。
 その告白を聞かされた後、やっとの思いで帰った私。どうにもやるせなくなってしまって、つい一昨日、何度も書き直しながら、メールを送った。

 『この間は、彼女のことを話してくれてありがとう。正直ビックリしたけど(笑)
これからは、みんなでワイワイ集まれたらいいな。最後にっていうと大げさだけど(笑)、もう一回だけ、良く飲みに行ったバーに2人で行きたいな。返事はいつでもいいよ〜またね!』

 本当は、私とつき合ってほしかった。
彼女がいるなんて、何にも知らなかった。
もう、2人で会えないなんて、あの人の口から直接聴きたくなんてなかった。思い出せば出すほど、想いがあふれてくる…。

 目の前に置かれたおいしいはずの、
カプチーノ。
 大好きな、あの人。
 涙でにじんで、今はよく、見えない。

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